日本の伝統美術工芸作品は、日本人のみならず、全ての国の人々に とっても普遍的な魅力を持つ。古来より日本は海に囲まれ、外界から の影響に左右されることもなかった。ゆえに日本人は西欧人のテクノ ロジーの影響も受けず、最も日常的な家庭用品の手作りに粋を競って いたのである。これが技術的に素晴らしいばかりではなく、西欧には まるで類を見ない独自性に溢れた作品が生まれた一因ではないだろうか。 伝統工芸作品のなかでも、手拭、法被などは今なお変わらぬデザイン でありながら、生活に息づいている希有なものと言えよう。 手拭いのデザインに見られる俳句的な美しさ。限られた狭い空間に凝縮 された”世界観”を表現することが日本の美術デザインに共の特徴で あり、最大の魅力のひとつである。法被のもつ美しさは、布地に染め 抜かれた『手の込んだデザイン』と『単純な色彩』という組合せの妙で ある。繊細にしてシンプル。これは現代社会において失いつつある日本 人の精神性に通じる。 これらの布地が単純な色彩である理由について言えば、精神性のみ ならず、時の権力者に強いられた結果でもある。江戸時代、徳川幕府 は庶民の衣服について規制を設けた。生地、色数、織り方について 制限を受けた庶民の間では、やがて素朴ながらも装飾が流行するように なる。ロウを使ったステンシルで刷り出し、染料に浸した。染色の隆興 である。 染色にロウを使う技術は、桃山時代にアジア諸国から日本に伝播し た。ロウは水をはじく性質があるので、染料が布地の特定の部分だけ を染めるように調整できる。ところが行程の終わりでロウを取り除く 技法は難しいため、日本では米を利用して糊を作り、ロウ替わりに使う 手法を編み出した。 その結果、他国には類を見ないデザインと染色技術を生み出した。 日本各地に、その郷土の持つ風俗、環境が影響した独自の染色技術 が発達した。 例をあげるならば、米どころと呼ばれる地域、そして需要の多い城下町 である。現在も、多くの城下町において紺屋町とか染師町といった町名 にその名残りを残している。 しかし、今では現代的な製法に移行したもの、他国の文化を模倣し たものが増加し、本来持っていた魅力を失ってしまった工芸品が大多数 を占めるに至る。都市部を中心として押し寄せる近代工業化の荒波に、 多くの職人たちが吸収されていったのである。逆説的に考案すれば、昔 ながらの製法を守り続けている染物工場が現存している理由は、高い 要求に答え続けたからと言えるだろう。 華やかな都から離れながらも”美しい水”を持つ、”米どころ”新潟 県には、阿賀北地方に古来からの染色技術が現存する。 ”水の都”と賞される新潟において、特に美しい水を今に伝える阿賀北 地方・水原町。白鳥の飛来地としても広く知られる瓢湖があることで 有名なこの地方の水質は、美しい環境を求めて飛来する白鳥が毎冬、 保障している。 この新潟県阿賀北地方にある染物工場の中でも『亀紺屋藤岡染工場』 は、寛延元年(1748年)の創業より二百五十年余を経た今なお変わらぬ 製法によって伝統工芸品を作り続けている。その商品すべてが職人の手 作業による『こだわりの染め物』。少量多品種の注文を高いクオリティ で応え続けることで勝ち得た信頼が二百五十年余の歴史を築いた。 現代においては、伝統工芸作品が新鮮でさえある。正確な染色技術 によるマテリアル、日本の伝統を感じるデザインは、見るものの創作意 欲を刺激する。これは、このように言い換えることも出きるだろう。 「優れた染色職人は、伝統的な日本文化の継承者でありながら、現代 においては『新しい文化』の創造者でもある。」
越後亀紺屋藤岡染工場 新潟県阿賀野市中央町2丁目11-6 TEL (0250)62-2175 FAX (0250)62-1949
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