かつて印半纏(しるしばんてん)は、江戸庶民の仕事着であり、ユニフォー ムとして労働者の典型的な衣服であった。代表例のひとつとして、江戸の火消 したちが着用した火事装束をあげれば、イメージしやすいのではないだろう か。日本の人口が急激に増加した江戸時代、木造家屋が密集した住宅地の防火 設備は無いに等しく、小さな火事は即、大火事に繋がった。 そのなかで火消しは、丈夫で自由に動ける衣服を必要とした。それが印半纏で ある。背中には一目で所属が分かる大胆なデザインの紋章が鮮やかに染め込ま れた。 現代においては、生活着として着用されなくなった半纏も、日本各地の祭り で、欠かすことのできない存在、”祭半纏”として残っている。 祭の際に神輿(みこし)を担ぐ男たちの背中には、今も変わらず紋章がリズミ カルに躍っている。 地色となる漆黒や藍色。そこに鮮やかな白を抜き、美しい朱色を差す、これ ら半纏の染色方法は、浸染(しんぜん)と言われる特殊な方法である。 まず生地の色を残したい箇所に糊でマスキングする。そして朱色に染めたい箇 所を刷毛(はけ)で塗り、塗った場所にも同じく糊をおく。糊を塗った箇所に 砂を振り掛けて、乾燥を促進させるとともに糊の強度は増す。糊の乾いた頃合 に、強アルカリ溶液に浸して着色する。布地の厚さ、季節、水温、浸した時間 など条件によって染まり具合は異なる。職人の経験がものを言う行程。 強アルカリ溶液から出した生地を酢酸溶液に付ける。鮮やかな色を定着させる ためである。最後に数回の水洗いをする過程で、糊の剥がれ落ちた箇所から鮮 やかな白、朱色が顔を出す。厳しい職人の表情が緩む数少ない瞬間だ。 「いい色が出たねけ・」干された布地は乾くとともに鮮やかな色彩を増す。
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